第1431回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第1430話 「 諸君、決起の時が来た。」の事。 2016年2月2日火曜日の投稿です。





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    1923年 日本の大正12年 関東大震災から、2ヶ月後、 東京で、大杉

 栄 事件で、 騒ぎになっていた頃、 11月8日の夕方、隠密に集合した、 国家

 社会主義ドイツ労働者党、 ミュンヘン民兵組織に対して、ヒットラーは号令を

 かけたのです。

 第一目標は、 バイエルン州総督の演説会の開催予定地のビュルガーブロイケ

 ラーでありました。


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 このビュルガーブロイケラーを、 日本語にすると、ビア ホールとなるのですが、

 ヒットラーや、ナチスを研究する人達のお話を総合すると、 単なるビアホール

 ではなく、 収容人員1800名程度が入れる、 体育館というか、公会堂というか

 そう言う大きな建物であったそうです。



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  この建物、その後、ヒットラーが演説に訪れたとき、 共産党員に爆破され、



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   【 天井部分に爆発物が仕掛けられ倒壊し、多くの死者が出た演説会場】



  多くの死傷者が出で、 ヒットラーは間一髪で、 切り抜けるのですが、現在は

  当時の建物は残っていないそうです。



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              【  バイエルン州    カール 総督  】

  当時、 バイエルン州総督の グフタフ フォン カール総督は、 日本で言うと、

 県知事のような役職で、 当時、 司法、行政、治安、軍事を統括する権限を持ち、

 バイエルン州の第1の実力者であったのです。

 カール総督が何を考えてこの演説会なる物を企画したかというのは、 後に彼は




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  ヒットラーの差し向けた親衛隊によって、 拉致され、 斧でたたき殺され、 彼の

遺体は斧でバラバラにされ、 沼に捨てられるのですが、 記録が残っておらず、

よくわからない部分です。

おそらく、 時局講演会のような、形の演説会で、 この総督のお話を聞くた

めにバイエルン州議会の 議員達や、 総督の支持者が多く集まっていたよう

です。


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    ヒットラー達は、 事前に打ち合わせしたとおり、 それぞれの部隊が、目立た

 ぬよう、バラバラで出発し、 人目につかぬように、 短銃、ナイフを服の下に

 隠して、 ハイトハウゼン地区のローゼンハイマー通り向かって急いだのです。




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                   【 ヒットラー総統とヘス副総統 】




 当時の記録は残っていないのですが、ヘス副総統の記憶によると、約1500名

 程度が、 いろんな部隊に別れて、個別の命令をあたえられて、動いたようです。



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    1番に ビュルガーブロイケラーホールの正面から飛び込んだ、ヘス副総統

 の記憶によると、当時、まだ演説会は、始まっておらず、みんなワイワイがやがや、

 雑談をしていたようです。


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ヒットラーは、ずかずか前に進み出ると、 懐から、 アメリカ製のコルトの回転式

拳銃をとりだして、 天井に向けて 一発、「  バッーーングッ。」と発砲し、会場

はどよめいたそうです。

「  諸君、 ここは 国家社会主義ドイツ労働者党の演説会場となった、ここの

建物の周囲は、完全に包囲されておる。」 と叫ぶと、 拳銃を構えたまま議員達

と雑談していた、 カール総督達の前に進んでいったのです。

ヘス 副総統達も、 どかどか、ヒットラーの後に続いて、進み出ると、

カール総督は、「  お前達は何者だ。」 と、大声で叫んだそうです。

ヘス副総統達は、 カール総督、 ザイザーバイエルン州治安警察長官、ロッソウ

陸軍少将を捕まえると、 ヒットラーは、「3人に話がある。」と言って、 演説会場の

裏手の控え室に、彼等を 短銃を突きつけて、 追い立てるように押し込んで

いったのです。



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       アドルフ ヒットラー 当時34才、 秋の11月初頭に、他民族を追放し、

       ドイツ人だけの強力なドイツ国家を建設しようと、決起したのでした。

  
    【 明日に続く。】