第1807回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】
第1806話 フランス極東軍の偵察計画の事。2017年5月1日月曜日の投稿です。
みなさん、 戦争というのは、つまり 人殺しをしに行くわけでして、
その下見に行くことが、 偵察【ていさつ】活動と言います。
この偵察活動の大切な事は、隠密性でありました。
殺しに行く相手の様子を観察しに行くわけです、 相手に動きがしれると、
されて、 殺されてしまう恐れがあります。
みなさんがご存じのように 私は戦時中、 雷撃機の偵察員でしたので、それは
もうーー偵察というのはどうするのかと言う事を、飛行学校でたたき込まれました。
写真撮影の事から、一瞬で相手のおおよその戦力を見極める訓練とかーー。
偵察員も、命がけの大変な軍務でありました。
カトリック教会の神父を9名処刑し、信者約8千人を公開斬首刑に処す事件が
発生し、 当時のフランス極東軍は報復をするにあたり、作戦区域の偵察を
朝鮮人に気づかれないように、隠密に進めて行くにあたり、 清国人を金で
買収し、 その行商人を利用して、情報を集めていったそうです。
フランス人も智恵をしぼったようです、 言葉のわからない西洋人が、
朝鮮に挺進偵察すると、その姿からどうしても、現地人に見つかって、ひどい
場合には、 捕らえられ、拷問され、 作戦計画が朝鮮人にわかってしまい、
朝鮮人も身構えて、 攻撃が難しくなります。
そこで、姿がよく似て、ふだん出入りしている天津の清国人行商人に、すべてを
語らず、金を渡して様子を見に行かせたわけです。
仮に 朝鮮人に捕まっても、 何も知らないわけですから、 フランスとしては
腹は痛まないというわけです。
つまり、金で雇った、使い捨ての支那人であったわけです。
そうして集めた、水深、地景、相手の守備隊の位置、規模、 そして人家
の配置、大切なのは井戸でありました。
当時は、飲料水の確保が大変に大切な事であったのです。
そして、補給ルートの確保と、いろんな角度から検討していったわけです。
当初の上陸予定地点は、 朝鮮の首都、漢城の西にある仁川【じんせん】
という港町を制圧する事であったのですが、 フランス人は別の事も考えて
別の場所を始めに占拠する計画を立案したのです。
それはどういうことかというと、 朝鮮人が攻めてきた場合も想定して、防衛に
都合の良い地景で、 飲料水が絶えず確保出来る場所という条件で検討
していったようです。
軍艦では、水の長期保存と言っても限られてきます。
毎日 3千人の兵力が水を使うわけです、 安全で豊富な清水が必要で
あったのです。
フランス極東軍司令部が目をつけたのは、江華島という、江華湾の中の島
であったのです。
ここは、陸地のすぐ沖合で、 上陸するのにも都合が良く、 そして周囲を水道
で囲まれていて、天然の水堀のような地景をしていて、 相手が攻め寄せても、
この島と、陸地の間に、洋式軍艦を置いて砲撃すると、防衛に都合が良い
地景であったのです。
この江華島を占拠して、 補給拠点として、 次の場所をうかがおうとしていた
ようです。
当時の清国人も、朝鮮人などどうでも良く、金になる話ならなんでも
西洋人だろうが、なんだろうが、引き受けたようです。
こうして、 清国人の行商人によって、 どんどん情報が天津のフランス軍に
報告されていき、 朝鮮人を武力討伐する作戦計画が出来上がっていったのです。
【 明日に続く。】