第1817回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語 】

第1816話 丙寅洋擾 【へいいんようじょう】 フランスの要求黙殺の事。

                         2017年5月11日木曜日の投稿です。




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   1866年頃の朝鮮半島という国は、 高宗【こうそう】という国王がいたの

ですが、この人は、暗愚でおとなしい人で飾り物であったそうです。

 この人が、 興宣 【こうせん】 と言う人の次男で、 父親の興宣が、大院君【だ

いいんくん】と名乗り、支配を強めていた時代でした。

 国民にいろんな身分を作り、身分の違う人の結婚などを禁止し、身分と身分の

違う人達の間に溝を掘り、 油を流し、火をつけて風を送るという、そういう事で

人と、人との間に争いを起こして、対立を先導し、一方で、忠義と奉公を叫んで

 封建主義の政治を行っていたのです。


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    当時の女性は、子供を産む道具とされていて、 立場が男に比べて、低い

  身分とされていたようです。

  ところで、 キリスト教徒を謀反人と決めつけて 処刑していき、 フランス人

  宣教師を9人殺害したことで始まっていった、フランスによる朝鮮半島への

  武力攻撃は、丙寅洋擾【 へいいんようじょう】と呼ばれます。



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  フランスが、前話【 第1815話】で、 朝鮮の使節に紹介した要求を突き

  つけてきたのですが、使節が当時の首都の 漢城にその話を持ち帰ったの

  ですが、朝鮮半島の大院君 興宣 はどうしたかというと、返事を行わず、 

  国内の臣民に国王 高宗への忠義と奉公を叫んで、フランスによる脅威を

  訴え、西洋人の追放を叫んでいったのです。

  

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  追放を叫んで、 国内の臣民に身分を越えて、国の危機に協力するように

呼びかけ、 臣民の団結を唱えて、戦争の準備を行って行ったのです。



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              【 丙寅洋擾  フランス 朝鮮国 兵力布陣図 】




 ところで、 対する フランス側は 江華島付近で、李氏朝鮮国の返答を待って

 いたようですが、期限が来ても返答が無く、 イライラしているところに、再度

 要求したようですが、 何日待っても返事が無かったようです。



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 「 チョウセンジンハ、シンヨウデキマセーン。 キリストヲ ヒテイシ、ツミノナイ

シンプヲサツガイシ ヤクソクノ キジツニ ヘンジモ ヨコシマセーン。

 ユルセマセーン。  コウナッタラ フランスノ チカラヲ ミセツケテ ヤリマース。」


  と、 フランス側は激怒し、 朝鮮半島への侵攻作戦が始まっていったのでした。


  【 明日に続く。】