第1922回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】
第1921話 大朝鮮国 俸禄未払い問題の事。
2017年9月17日日曜日の投稿です。
大朝鮮国は、1881年頃から、干ばつが発生し、農作物の収穫が悪く、
朝鮮王宮は、人々から年貢を吸い上げて、それを 官吏や、軍人に俸禄として
配布すれば良かったのですが、 対外貿易をするために外貨獲得のために
米などを日本商人に売り渡した為、 国内に米不足が発生し、 獲得した外貨を
軍事費に回して、西洋式の武器などを購入していった結果、支払い不能の状態
になって行ったのです。
つまり経済破綻していったのです。
度重なる外国の西洋軍艦との砲撃戦の後で、沿岸を防衛する事は大切な
事であったのでが、砲台建設、軍備拡張は大きな財政負担となっていた様です。
官吏、軍人に1年近く、給与にあたる俸禄が未払いとなり、 1882年7月
壬午事変という反乱が発生していったのですが、 その後も、未払いのまま
時が過ぎていき、 大朝鮮国の財政は、経済破綻したまま、 年貢の収入は
清国に 貢ぎ物と称して、ピンハネされるので、未払いの俸禄は、当時王宮を
悩ませ続けていたのです。
「 忠義と奉公。」と、かけ声をかけても、俸禄が無いのでは、不満が
溜まるわけです。
農民からの厳しい年貢の取り立ては 限界に達していて、餓死者も
多く発生し、 直接、日本人の商社に、米を売ってお金に替えて、農地を
捨てて逃散こと、 夜逃げ逃亡する農民も増えていったのです。
袁世凱 将軍は 軍事のことは詳しい人でしたが、 行政には素人で、
その補佐で、馬 建常 と、 メレンドルフ さんがいたのですが、 「朝鮮人に
お金を持たせると、よからぬ事を考えて、 武器を整えて、清国人を襲うかもし
れぬ。」と、警戒し、 王室にお金を渡そうとしなかったのです。
メレンドルフさんは、外務協弁なので、外交の事についての担当でしたが、
閔妃と、閔氏の一族がよい解決方法はないものかと打診し、彼がある提案をした
そうです。
「 王宮に、資金が無く、 俸禄の未払いが続いているのをなんとかしてほしい。」
との、懇願に、彼は、 「 ソレハ イケマセーン。 ナニカ カンガエテ アゲマース。」
と思案した後、 こう言うお話しをしたのです。
「 ゼニハ、 ナカッタラ、 ツクレバ ヨイデース。」 と、お金を作ることを提案
したのです。
のです、 そこで、 鋳物の貨幣を作って、王宮で価値の高い貨幣と称して格付け
し、 俸禄として 銭を臣下に支払いを行い、 未払い俸禄を0として、じょうずに
臣下の彼等を利用して国内に流通させようという案でした。
この考えに、面白くない顔をしたのは、馬 建常 氏だったのです。
自分の管轄の行政に、外務省が意見した形となり、 そんな、 馬 建常氏
と、袁世凱将軍に、 メレンドルフさんは、 こう 煙に巻いたのだそうです。
現在 朝鮮から多量の金や銀が貿易赤字によって流失し、 之の対策として
新しい貨幣を作り、 その貨幣を市場に放出し、両替という形で、金や銀を
市場から回収し、 我々清国の手元に金や銀を集め保管するのです。
西洋では、紙幣やコインが お金の基本です。
この国は、金や銀で取引しているので不足すると、経済混乱を起こす原因に
なっているので、ぜひ 許可をお願いしたいと袁世凱将軍に申立てたのです。
この話を聞いていた、袁世凱将軍は、「金や銀が、西洋人や日本人に持ち去
られるのを防ぎ、 二足三文の銭を作って、 朝鮮人に与え、両替して、金や銀を
我々清国人で管理すれば、 損はないと考え至り、逆に 珠と瓦を交換するような
もので、大もうけではないか。」と、 これを許可したと伝えられています。
こうして、新しい貨幣が造られ、 朝鮮人の官吏、軍人の未払い俸禄の
支払いとして渡されていき、 市場や、外国人の貿易商達から税関で、金や銀
と両替して、金や銀を集めて、清国人で管理する政策が始められていったの
です。
閔妃と閔氏の一派は、 金融にうとく知識が薄かったので、メレンドルフさんの
お話しを聞いて、「 そうか、銭がなかったら 新しくいくらでも鋳造して、臣下に
支払えば良かった、 どうして今まで思いつかなかったのか、さすがは、メレンドルフ
外務協弁。」とこの話に同調したそうです。
【 明日に続く。】