第2018回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第2017話 甲申事変【こうしんじへん】 外務協弁メレンドルフの樹上開花の計の事。


                                               2017年12月22日金曜日の投稿です。




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                       【 当時の 長崎港 】


 
【 前話からの続き。】


   明治18年 1885年の5月、 日本の長崎県長崎港にやって来た、大朝鮮国

  訪日使節団の初めの目的は、自国領 巨文島への不法占拠を行ったイギリス

  海軍極東艦隊に、島から出ていくよう交渉することであったと言われています。


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          【 1885年4月15日にイギリス軍が武力侵攻した巨文諸島 】





 清国の雇い外交官であった ドイツ人 パウル ゲオルグ フォン メレンドルフ

さんは、大朝鮮国政府に出向したかたちで、外務協弁 【 外務省次官相当】として、

この交渉の大朝鮮国の政府の全権代表であったのです。


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                【 外務協弁 メレンドルフ  ドイツ出身 】


  当時、自身を雇用していた 清帝国は、9ヶ月程度前に、フランス海軍に大敗し、

 海軍の大半をわずか1時間で壊滅させられ、 相手の被害は皆無という大敗で、

 当時、イギリス海軍と 戦火を交える能力は無かったのです。



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   【 広東馬江沖合にて、1時間で22隻を撃破され、壊滅した清国福建艦隊 】




 そして、大朝鮮国の政府は、事実上の経済破綻を起こしていて、同様に軍事行動

 による動きが取れない状態での 弱い立場での領土返還交渉であったのです。


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                 【 大朝鮮国のロシア帝国 公使館 】


  そこで彼が取った外交戦術とはどのような物であったのかというと、樹上開花の
  
 計であったと言われています。


     樹上開花の計 と書いて、 じゅじょう かいかのけい と読みます。


  これは、 小兵力を大兵力によそおい、相手を欺き、物事を成し遂げる計略

  であったのです。

  つまり、 前話で紹介したように、 ロシア帝国の公使 ウェーバー公使に

  協力してもらい、 清帝国 、ロシア帝国、大朝鮮国の3カ国の交渉使節

  見せかけて、 イギリス海軍を威圧し、 対等に話し合おうとしたようです。

  交渉の相手は、 イギリス海軍 リチャード ハミルトン 海軍中将であった

  と伝えられています。


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       【 イギリス海軍極東艦隊司令官 リチャード ハミルトン中将 】


   実は、イギリス海軍 極東艦隊といっても、 当時 長崎港には3隻の艦艇

  しか、停泊していなかったそうです。


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  その艦艇、 アガメムノン、 ペガサス、 ファイアブライド だけなら、清国の

  丁 汝昌将軍の 北洋艦隊 で奇襲すれば、勝てたかも知れませんが、3隻

  を撃破しても、 当時のイギリスは、世界1位の軍事力を持っていて、 次々

  艦隊が攻めてくることは必定、 そして、フランス海軍と合同で攻められると

  太刀打ち出来なかったのです。

  それ故、 ロシア帝国と手を結んで、 撤退の圧力をかけようという計略で

  あったようです。

   初めに外務協弁 メレンドルフさんが、「 巨分島ハ、 ダイ チョウセンコク

  ノ リョウドデース、 スグサマ タイキョヲ カンコク シマース。」と、巨文島

  からのイギリス軍の撤退を求める発言を行うと、 どうしたわけか、 交渉相手

  のイギリス人は、大笑いを始めたと言われています。



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 「 ハハハハハハハハハハッーー、 ユーーーゥ ナンダ ソノ スガタト イショウ

ハ、 ワハハハハハッーー。」と、 大笑いし、周囲の士官達も同調して、一緒に

嘲笑したと伝えられています。

 「  モト テンシン ドイツコウシカン フクリョウジ トモ アロウ オトコガ 

 イエローモンキーニ ヤトワレルトハ  ドイツノ クニノヒトガミタラ ナントイウカ

 カンガエタコトガ アルノカ、フフフフフフッ。」  「 ナサケナイ スガタデース。」

 と見下した発言から交渉が始まり、 双方、激しい物言いが行われたそうです。


 【 明日に続く。】