第2223回 昭和の伝道師【 戦中、戦後のパイロットの物語 】

第2222話 北清事変 直隷総督 裕禄 のこと。


                      2018年9月15日土曜日の投稿です。




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【 前話の続きより。】


     1900年 明治33年の6月の後半、 今まで義和団を弾圧していた

  西太后は、提出された ドイツ帝国からの書状を聞くに及び、激高し、

  「 西洋人をすべて追い払いなさい。」と命じ、 それに伴い、今度は清国

  正規軍と、戦っていた義和団が休戦して、 西洋諸国と戦っていったとされて

  います。



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                      【 直隷総督 裕 禄 】



    言い伝えによると、北洋大臣 李鴻章 らとは別に、「 義和団の軍勢を

   西洋人にぶつけよう。」と提案していたとされるのは、 裕 禄 という

   人で、 彼は、北京周辺の 総督でした。

   日本で例えると、 東京都知事のような立場の人であったようです。



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   こうして、対立していた 義和団 約20万人と清国の正規軍は、天津の

  外国人租界地をめざして 出陣することになって行ったとされています。



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     直隷総督というのは、 北京周辺が 直隷省と当時呼ばれていて、そこの

   総督という意味でした。

   裕禄 という直隷総督の下に、 武衛軍という陸上兵力軍隊があって、

   
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             【 武衛軍  聶 士成【 じょう しせい】 将軍 】


     この武衛軍を率いていたのが 聶 士成 将軍でありました。



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         こうして、西太后の命令で、ドイツ人から買った 大砲や小銃で

         武装した 清国正規軍と、 刀や槍で武装した 義和団の軍勢

         は、天津の外国人租界地をめざして 進軍していったのです。


   【 明日に続く。】