第1633回 昭和の伝道師【 戦中、戦後のパイロットの物語 】

第1632話 第42潜水艦 遺書を残せなかった人達の事。

                            2016年9月16日金曜日の投稿です。




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               【 大正13年製作 第42潜水艦 断面図 】



   前文で紹介した、 電動機室の18名の機関科の人達の中で、遺書を残して

 いた人と、 書いていたのに、海水で消滅したのか、遺書が発見されなかった

 のか不明ながら、遺書の無い人たちがいて、 今日はその人達を紹介します。



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    【 第42潜水艦  機関科 上田 種夫 海軍機関兵曹長 長崎県出身 】


    上田 種夫 海軍機関兵曹長は、 地元 長崎県の出身で、長崎県 長崎市

    飽ノ浦出身で、 注意書きには、防水作業に従事していて、遺書は無しと

    なっています。



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      【 第43潜水艦 吉武 清次 海軍一等機関兵曹 佐賀県出身 】


        吉武 清次 海軍一等機関兵曹も、防水作業に従事し、遺書は無し

        となっていて、 佐賀県杵島郡龍王村出身となっています。



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          【  第43潜水艦 大櫛 秀雄 海軍三等機関兵曹 福岡県出身】



   大櫛 秀雄 海軍三等機関兵曹は、福岡県糸糸島【いとしま】郡小富士村

   の出身で、現在の 糸島市の中に 海岸沿いに 当時 小富士村という場所

   があったようです。



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       【 第43潜水艦  佐藤 眞一 海軍三等機関兵曹 大分県出身 】


  佐藤 眞一 海軍三等機関兵曹は、大分県大分郡植田村出身の人でした。




       以上 4名の人は、浸水を防ぐ防水作業を行っていて、 遺書を

      書いていたのか、書いていなかったのかは、わからないのですが、

      遺書が発見されなかったそうです。

      

    【 明日に続く。】