第1777回 昭和の伝道師【 戦中、戦後のパイロットの物語】

第1776話 乙未戦争 第2師団の澎湖諸島への転進の事。

                         2017年4月2日日曜日の投稿です。



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              【 仙台 第2師団 師団長 乃木 希典 陸軍中将 】


   1895年 8月29日 台中の彰化という付近での、日本の近衛師団と台南

  民主國の義勇兵と広東の黒旗軍などの連合軍との武力衝突は、台南民主國

  側の軍勢が総崩れとなり、 逃走したものの、日本側は追撃は行わず、9月

  初旬は、 両陣営とも体制の立て直しに終始していくような感じであったよう

  です。


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  日本側は、7月から8月の暑い時期に発症していった、伝染病患者が9月初頭

  に次々、骨と皮だけの衰弱した状態で病死していき、 連隊長クラス、大隊長

  クラスが次々病死するという深刻な状態であったようです。



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    9月中旬、 台湾の暑さが和らぐ10月初旬を作戦の決行時期とした、新たな

   南進作戦が計画され、 乃木希典 陸軍中将が指揮する、仙台第2師団の

   兵力を 台湾海峡澎湖諸島の馬公に転進させ、 その後、 台南の西部

   の海岸に連合艦隊の支援射撃のもと、 上陸して 台南民主國の背後を脅かし

   台南民主國の首都を包囲しようという作戦が立案され、その準備が着々と

   進められていったようです。



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   台湾東部の 基隆【キールン】から、輸送船で次々と日本海軍の護衛のもと、

 台湾海峡を陸軍の輸送船が 澎湖諸島めざして 出港していったのです。

 いよいよ、日本陸海軍協同の大きな上陸作戦が開始されようとしていたのです。


  【 明日に続く。】