第1977回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語 】
第1976話 甲申事変【こうしんじへん】 清日 仁川和平会談の事。
【 前話の続きから。】
清国と 朝鮮の閔氏派の兵力が 仁川の日本領事館を包囲するような兵力
配置で布陣し、 仁川の町では、「戦争が始まる。」と、大騒ぎになって行った
そうです。
そのような中、 清国の軍勢から、軍使が 少数の部隊を連れて 仁川の
市街に入って来て、日本領事館に到着し、 ここの 竹添 進一郎 公使や、
小林 端一 仁川領事に面会を求めたとあります。
領事館に姿を現したのは、 以前紹介した、 ゲオルグ フォン メレンドルフと言う
元 ドイツ帝国の 北京副領事で、清国のお雇い外交官であったそうです。
「 ミスター タケソエ サムイデスネーー メガネガ クモッテシマイマシターー。」
と言って、メガネを手に取ると、 メレンドルフ 氏は、 「 アナタハ、 タイヘンナ
アヤマチヲ オカシマシターデス。」 と、 詰め寄り、 竹添 公使が 反乱を起こし
たのではないかと、 詰問したそうです。
【 ゲオルグ フォン メレンドレフ 外務協弁 】
「 エン セイガイ ショウグンハ、 アナタガ、 ハンランヲオコシタトイッテ
タイヘンナ ゴリッブクデース。」 と語り、 大朝鮮国の首都 漢城での 朝鮮独立党
の武力決起を 日本公使館が主導していたと決めつけ、 責任を取るよう言い放った
そうです。
これに対して、竹添 進一郎公使は、強く否定し、 「 これは朝鮮国王 高宗陛下
の勅令である。」 と言って、 巻物をスルスル広げ、 「 ここには、国王を保護して
ほしいとの、申し入れにしたがって、 お迎えに昌徳宮に出向き、 そうしたら、
清国の袁世凱将軍の軍勢に攻めかかれたので、 やむなく 自衛行為を取った
までのことーーーーー。」 と、 弁明を繰り返し主張したそうです。
両者の申立が平行線をたどって、 言い合いとなり、 すると、メレンドルフの
方から、「 デハ、キキマース、 アナタガタト、ハンラングンハ カンケイナイト
イワレルノデスネ イカガデース。」 と、 語り、 ついつい 竹添 公使は、
乗せられて、「 その通り、 我々とは全く関係がないとです。」 と、語ったそう
です。
メレンドルフ は、 その話を聞くと、 じっと 竹添 公使を見据えて、 「デハ
ワレワレノ ハンニン ホバクニ キョウリョクシテモライマース イイデスネーー。」
と語り、 「 ワレワレガ ジンセンノ シガイヲ ムホンニンノ ソウサクヲ オコナウ
コトニ イギハナイデスネ。」 と 語り、 日本側の黙認を要求したそうです。
こうして、日本側としては、日本人に危害を加えないことを条件に、 清国の
軍勢が仁川の市外に入り、 反乱を起こした朝鮮独立党のメンバーの捜索を
行う事に同意したと言われています。
「 ミスター タケソエ アナタハ、 ムホンニンノイバショヲ シッテイルノデハ
アリマセンカ アナタハ ワタシタチニ イバショヲ オシエルヒツヨウガ
アリマース。」 と、詰め寄る メレンドルフ に対して、竹添 公使 と 小林領事
は、「 全く 知らないで候。」 と 繰り返して 首を振ったと言われています。
こうして、清国と大日本国との武力衝突は、竹添、小林と メレンドルフとの会談
で回避されることになっていったのですか、 日本領事館周辺を警備する日本
陸軍部隊と、港の一角を守備する 海軍陸戦隊の見守る中、 清国や閔氏派の
朝鮮国の兵士によって、 仁川の市街を 朝鮮独立党の 朴 泳孝氏や、金 玉均
氏らを捜索する 家捜しが行われる事になっていったのです。
【 明日に続く。】