第2115回 昭和の伝道師【 戦中、戦後のパイロットの物語】
第2114話 明治19年 第2次露朝密約事件 袁世凱将軍の脅迫の事。
2018年3月29日木曜日の投稿です。
【 前話の続きより。】
ちょうど、日本の長崎で、清国海軍将兵が暴動を起こして、騒ぎになっていた
当時、 明治19年の暑い夏の8月頃、朝鮮駐留の 袁世凱 【えんせいがい】
将軍は、 事大党【じだいとう】と呼ばれる 清国の飼い犬になったような、追随
調査して、捕らえて拷問して 余罪を追及し、処刑するように命令し、彼等も、
疑わしい人物を拷問し、 徹底的に調べて行ったと言われています。
袁世凱将軍は、国王 高宗が閉じ込められている建物に出向き、 高宗に
「 お前には愛想が尽きた、 もう 終わりだ、 北京に連れて行き、極刑に
処すつもりなので、 遺言でも残しておけ。」と言い放ち、 「 2度と、故郷の
土は踏めないと 覚悟をしておけ。」 と ドスのきいた低い声で、高宗を脅迫し、
暗愚な小心者の 国王 高宗は、震え上がったと言われています。
彼の 父親の 大院君 興宣も 袁世凱将軍らに 3年程前に連れ去られて
いて、 彼は、次は自分の番だと 震え上がったそうです。
【 国王 高宗の父親 大院君 興宣 清国人に拉致されていた。】
当時、 袁世凱将軍は、 ロシア公使 ウエーバーからの面会の申し入れを
わざと 「会う必要がない。」として、 断り続け、 逆に、 次の様な事が約束
出来るなら、今後の事を考えても良いとして、条件を提示したそうです。
つまり 清帝国としては、いまさら ロシア人の 言い訳や、弁解を聞こうとは
占拠を行わないと 公式に約束し、 清国の属国の領土である 朝鮮半島での
外交交渉は、 清帝国の了承の上、 これを行う事。
そして、 朝鮮国王を利用して、 今回のような企てを行わないと 公式に表明し、
清帝国に 前回の事件や、今回の事件を陳謝すること。
以上のような 要求が 認められるなら、 面会し、 話を聞いても良いという
内容であったようです。
シベリアの物産を輸出したり、 海軍の拠点を確保する事を事実上 あきらめる
事につながり、 多いに 困った決断を迫られたようです。
そんな中、 朝鮮国王の 近習で、忠義心の厚い、家臣が公使館にやって来て
国王をなんとか、ロシア公使の力で、 助けていただけないかと、すがる気持
ちの救助要請があったそうです。
【 当時の ロシア公使館 ウェーバー 公使】
ウェーバー公使は、ロシア外務省や、皇帝陛下に相談することなく、独断で
い。」 と 袁世凱 側に 申し入れたそうです。
後に、 この決断は、ロシア帝国首脳を激怒させ、公使解任騒動に発展していく
のですが、 当時、本国にお伺いしていては、返答が遅くなり、時期を逸すると
公使は その場で判断をしたそうです。
【 明日に続く。】