第3275回 平成30年岡山市7月豪雨水害の原因調査 その1 模型公園
みなさん こんばんは模型公園です。 2018年7月22日日曜日の投稿です。
【 砂川 東護岸 堤防決壊現場 】
【 前話の続きより。】
今日は、平成30年7月7日土曜日 深夜1時30分頃発生したと思われる
ついて紹介するお話です。
崖崩れにしても、爆発にしても、火災にしても、水害にしても 原因があるわけ
で、その原因を調査して明確にし、 その後の防災活動に役立てることが肝要
です。
災害が発生したのは、上の画像の矢印の部分 砂川橋の東詰 北に400
メートル程度進んだ場所が堤防の決壊現場です。
【 堤防決壊現場 】
今日は日曜日と言う事で、みなさん会社にも行かず、家の片付けに邁進
されているであろうと言う事で、 その災害発生当時の聞き取り調査も平行して
行いました。
【 南古都団地【 みなみこずだんち】 町内会案内図】
この度の災害で1番被害が大きかった場所の1つ、南古都【みなみこず】団地
を訪問し、僕は被災者の生の声を聞いてみました。
【 矢印部分 調査地点 】
1番早く 泥水が押しよせたと思われる、南古都団地の西側を訪問して
聞き取りを行いました。
【 左西側 池田家、丸本家 】
1番西側に位置する 池田さんと 丸本さんの 被災した当日の貴重な証言
を聞きました。
【 白い塀に残る 泥水の跡 】
そうすると、午前2時頃 近所の人から 電話をかけてもらって気がついて
玄関に行こうとしたら、泥水が入って来て すでに靴が浮いていたそうです。
【 アップ写真 】
そして、外には出られる状態ではなく 2階に避難するのが精一杯であった
そうです。
上の写真は、 濁流の跡と思われる泥水の線です。
おおよそ 道路天から 1280ミリ程度、
つまり おおよそ1,3メートル程度の 泥水が この家の前を通り抜け
東側にどんどん浸水していった。
これだけ沈むと、水圧で 玄関のドアが開かなかったようです。
これらの丸本さんと池田さんの証言から、7日 土曜日 午前1時30分頃、
新幹線が通過するような、「 ゴーーーッ。」と言う音がして、堤防が壊れた
ようです。
【 画面左 水平線付近が 池田家と丸本家 】
これらの出来事を見方を変えると、 堤防の決壊から30分程度で
水田に泥水が充満し、 あふれかえり、 泥水が 丸本家、池田家を
襲っていったと言う事になります。
つまり、堤防が決壊して、15分程度で避難を行わないと、水位が上昇して
水圧がかかり、玄関のドアが開けられなくなっていくという結果になって
いった事実は、 今後の避難計画を作る上で 大変重要なデータである
と僕は思ったのです。
【 池田家、丸本家を 西側から撮影する。】
ちょうど上の画像の白い車が 丸本家です。
泥水は、 この白い車の停車している道路に押しよせ、水路にして 東に
進んで行ったようです。
【 泥水は、 東平島交差点方向に流れて行った。】
上の矢印のように、 丸本家の前を通過して 東平島の交差点に達した
と想定しました。
北を0度に設定して、 堤防崩壊地点を中心にすると 東に90度方向
というのがよくわかります。
この写真を見ていただくとよくわかるのですが、 中央が水没したローソンで、
ずうーーっと 東に向かって 地盤高が低くなって行っています。
上の画像 左の用水路の水位を見ていただくとわかる様に、 東に向かって
低い方に 泥水が流れていったようです。
神社に避難していたら、 逃げてきた人が、「 ローソンが沈んでいた。」と
話していたのを覚えていますが、 泥水はあっという間にローソンを襲い、
1,3メートル程度 もしかすると、もっと 水位が上昇していたかもしれません。
日曜日の午後、 かんかん照りの暑い中、 堤防崩壊現場の現地踏査に
徒歩で向かったのです。
【 明日に続く。】 【 コピー転載自由。】