第2576回 昭和の伝道師【 戦中、戦後のパイロットの物語】
2019年2月20日水曜日の投稿です。
【 前話の続きより。】
艦内のスピーカーで、音楽が流れ始めて、その翌日、 横須賀鎮守府を
出港して 8日目に入ると、 だんだん天候が悪くなりまして、 艦の揺れが
大きくなっていったのです。
そして さらに1日過ぎて 9日目に入ると 海が荒れまして、 また船酔いに
なって、 それが重なり、食欲が無くなり、 体調を崩す候補生が増えていった
のです。
そして 10日目に入ると 天候は随時回復し、 こんどはかんかん照りの
夏日のような 暑い日になっていったのです。
ちょうど 私達は ミッドウェイ島の南付近を航行していたようです。
航空母艦 赤城が炎上し、 艦橋から退避するときに爆発に巻き混まれて重傷
部隊でのミッドウェイ島砲撃作戦を立案し、実行されていったのですが、運が悪く
いった そう言う海域でありました。
後に、 レイテ沖海戦の謎の反転離脱で、私が、「 なにを しとるんやっ。」
と 激怒することになっていった、栗田 健男 海軍少将が この艦隊の指揮官
で、 衝突した三隈 と 最上を 置いて 2隻の巡洋艦を連れて 撤退してしま
った事件としても知られている 海域を当時通過していたのです。
19年の後に こんな事が発生するとは 当時は 知るよしも無かったのです。
【 明日に続く。】