第1315回 北方海域の命がけの運搬写真を考察する。模型公園
みなさん、こんばんは模型公園です。 2015年2月14日 土曜日の3回目の投稿です。
模型公園の所有する古写真をみんなで楽しむコーナーです。
この上の写真は、 小さなボートを横に3隻連結して、 その上に真横に道板
を敷き詰めて、 その上に トラックを載せて、 荒天の北方海域で、陸地まで
トラックを運んでいる写真です。
まさに、命がけの作業で、よく転覆して、 トラックや、戦車が水没したり
作業中、 死人が出たそうです。
長い間、日本という国は、大陸で戦争をしてきたのですが、 昭和17年から
島から島へと占領していくわけですが、 輸送船から、 戦車や、トラックや、物資を
地上に輸送するのは、 非常に原始的な方法で、 また、設備も貧弱であったようです。
昭和18年にサイパン島などに、 輸送船で97式改戦車を運搬した時に、輸送船の
機械式クレーンのジブが、 戦車の重量で折れてしまい、 輸送船の中で、戦車を
分解して、 陸地に移動して、 再度組み立てたという話が伝わっており、 そう言う面が、
随分遅れていたようです。
こちらは、同じ北方海域の写真で、 輸送船の艦載砲と思われます。
ルーペで拡大すると、 陸軍の大砲と兵士で、 輸送船も、陸軍の輸送船と、
海軍の輸送船とに別れていて、 大砲の砲弾も、陸軍と海軍では
共通性がなく、 双方交換が出来なかったのです。
すべてが2重行政で、 戦争に負けていく原因になっていたようです。
これらの写真は、千島列島での写真と推察しますが、 海に間違って落ちたら、
水温低いので、 1分も持たず水死したそうで、 北方の海というのは鉛色で
恐ろしい海であったようです。
今日は、昭和19年5月撮影の 2枚の写真の紹介でした。
それでは良い土曜日の夜をおすごしください。
【次回に続く。】