第1093回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第1092話  海軍兵学校の射撃大会の事。   2015年2月18日 水曜日の投稿です。






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     大正12年の2月22日の木曜日の午後、 海軍兵学校の江田内の沖合で、 水中爆破


   の実習というのがあって、 なかなか、 爆発させるというのは、火遊びのようで面白いというか、

   なんというか、  「 どっかーーーーーーーん。」 と、音がして、 水柱が上がり、またまた

   江田島の人々が、 兵学校の生徒がおかしな事をしていると、 思ったのか、海岸沿いに

   人だかりが出来ていったのです。





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                  【  昭和天皇の弟君  高松宮 宣仁親王 殿下  】



   その日の2日後の2月の24日の土曜日は、 午前中は恒例の校内一斉清掃や、体格検査

   というのがあって、 午後からは分隊対抗の射撃大会があったのです。

   以前紹介した、皇族の自分と同じ年の、高松宮殿下は、 自分達の授業に参加することは

  なかったのですが、 どういうわけか、 射撃の授業には一緒に出られ、自分達と射撃の腕を

  競われたのです。




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    海軍兵学校から、 北に行くと長浜という所があって、ここに射撃場が当時あったのですが


 分隊対抗で、 それぞれの生徒が射撃し、 点数を合計して、 勝敗を競うわけです。

  
 以前紹介したように、 高松宮殿下の趣味というのは、 射撃と犬を飼うことで、 ドワーという犬や


 メリーという犬などを 兵学校内の高松宮御殿と呼ばれていた、官舎で飼育し、当時、かっけ という


 病気で、足が腫れる症状があり、 比較的状態が良いときには、西村二等軍医などを伴って、


 鳥を撃ちに、大原あたりに出かけたり、 船に乗って、 別の島に狩猟をしに行かれていたので、


 標的が動く動的射撃は、自分達より上手でありました。





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               【   通称 高松宮御殿   高松宮専用の特別官舎   】




   そう言うわけで、 2歳、3歳年上の生徒ばかりの第52期の生徒の射撃大会に、出場することに

  なったようです。

   普段は、 海軍兵学校の大講堂の一室で、 個別授業を受けられていたのですが、

   射撃大会の出場については、おそらくご本人の強い希望があったのではと、推測しています。   

   そして、 土曜日の午後、 高松宮殿下は、 所属していることになっていた、第12分隊

   一員として、 射撃大会に出場されたのですが、 本人も驚く 高得点を上げられることに

   なっていったのです。



      【次回に続く。】