第1177回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】
第1176話 関東大震災 本庄事件の事。 2015年5月14日 木曜日の投稿です。
津波、 崖崩れと 甚大な被害が出て、多くの人が亡くなっていったのです。
9月4日の段階で、 被害者の集計は非常に難航し、 おおよその想像もつかない程度
行方不明者や、死者が出たのです。
そして、9月4日の事ですが、 埼玉県の本庄町と言うところで、横浜のような暴動が発生
したのです。
暴動の原因となっていった組織は自警団と呼ばれる退役軍人の町内会組織
のような人達でしたが、 その後、 これらの人の中に、若い少年や、いろんな
人が参加し、 自分達の家の周辺を放火や、強盗などから守ると称して、
警備活動を始めたのです。
そして、現在では考えられない行動ですが、 怪しいと感じた人を、
日本人だろうが、誰であろうが、 竹槍で突いたり、 棒で袋だたきにしたり、
勝手に、 警察や裁判所を通さずに 自ら手を下して処刑していったのです。
当時、数十人の朝鮮人の労働者が、本庄警察署に保護を求めて集まり
署内の建物に入りきらない状態となり、 トラックに乗せて、警官と一緒に
群馬県方面に移動して受け入れ先を捜したのですが、みんなに断られ、
仕方なく 本庄警察署に戻ると、 3000人程度の自警団に囲まれ、
警察官と一緒に 自警団に袋タタキにされ、 自警団は そのまま
本庄警察署の中に乱入して、 中にいた 朝鮮人や、警官を竹槍や、
刃物で襲い、数十人の警察官や、朝鮮人労働者が殺害されるという事件に
なっていったそうです。
本庄町の暴動の鎮圧を命じたのです。
これらの騒動は、氷山の一角で、次々いろんな場所で騒動が発生していったのです。
当時の予備役の軍人は、戦場で多くの人を殺害し、 国に帰り、社会人として生活
していたのですが、 これらの組織の人達が暴走して、 人殺しを行って行ったのです。
警察も、裁判所も通さず、 自分達で人殺しをやっていった、 現在の物差しでは、
とても理解できないのですが、朝鮮人の日頃の日本人に理解できない常識外れの行動や
言動により、大きな溝が出来、地震という出来事で火がつき、燃えて止まらなくなって
いったようです。
【 作者より。 】
「 無礼きわまりない。」と大韓民国政府に抗議される記者会見を行っていましたが、
朝鮮人と言う民族はどうも 周囲の事を配慮するという事が欠けている人が多いようです。
全員とは言いませんが、 非常に現在の世の中でもおかしな行動をする人が多いのが
現実です。
つまり、日本人からすると、 当てつけのような言動や、行動を平気で組織的に
行うところがあると思います。
世界各地に慰安婦の像を作ったり、 しばらくすると 証言していた婆さんが、
金銭を受け取って 演技をしていたと言う事がわかり、 ベトナムでの強姦、殺害
子供を井戸に投げ入れたり、極悪非道を繰り返していたことが大きく宣伝される
事になりました。
品だと主張して、2年半がたちますが、未だに返還しようとしません。
これらの行動を見ると、泥棒国家と言われても仕方がなく、 周囲の人のことを
全く考えていない、 自己中心的な人達と僕は考えています。
これは、僕の現在の朝鮮人の人を見ての感想です。
日本国内の人でも、僕と同じ考えの人は比較的多いのではと思います。
関東大震災当時、 どのような人間関係であったのかと言う事は、想像するしかない
のですが、 もしですね、 日常の人間関係が良好であったら、こんな事には絶対
ならないと思うのです。
日頃の行いから、 周辺の人達が嫌悪を懐いて、蓄積していき、爆発したとしか
考えようがないのですがーーーーーー。
もう少し、 天誅と称して、警察署に乱入していった人のことも、 警察署の人のことも、
逃げこんだ朝鮮人の人の事も、研究して、勉強して見たいと考えています。
【 明日に続く。】