第1330回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】
第1329話 セルビアへの宣戦布告の事。2015年10月22日木曜日の投稿です。
ハンガリー帝国の国王 フランツ ヨーゼフ1世は、激怒し、戦争の準備
を始めたのです。
皇太子夫妻の遺体が帰国すると、 葬儀を行い、すぐさまセルビアに
対して、最後通牒を突きつけたのです。
であったのです。
そして、わずか数週間で何があったのか、謎が多いのですが、
ヨーゼフ 1世と、 甥にあたる ロシア帝国のニコライ2世との間で
戦争が始まったのです。
ロシア側の申し入れは、「 皇太子が暗殺された オーストリー
軍事同盟先であって、 ここを攻撃する事は、ロシア帝国を攻撃する
ことと同じである。」 と申し入れていたようですが、 それを無視する
セルビアに武力侵攻したのです。
そう言う経緯で、 ロシア帝国も、軍事同盟を結んでいる関係上、
メンツを潰された格好となり、 軍事同盟の条約を遵守して、
戦争が開始されたのです。
東部のロシア側の2方面で戦争をすることになっていったのです。
ハンガリー帝国のフランツ ヨーゼフ1世に味方をしてというか、自らの
野心を実現しようと、この戦争にドイツも参加して戦争を始めたのです。
イギリスや フランスに比べて ドイツ帝国は、 王侯貴族の統一に
手間取って、 植民地獲得に乗り出すのが遅かったため、イギリスや
フランス、オランダに後れをとっていたのです。
そのため、 この戦争を利用して 領土を拡大しようと考えていたそう
です。
つまり、 まとめると ロシア帝国のニコライ2世は、自国には
ハンガリー帝国の二大強国と戦争をすることになっていったのです。
つまり、ロシア皇帝の ニコライ2世から見た場合、 叔父さんの
フランツ ヨーゼフ1世 と 従兄弟の ウィルヘルム2世と戦争を
始めたわけです。
背後のフランスやイギリスと軍事同盟を結んでいて、 協力を要請した
のです。
このような事で、フランスは、ドイツに対して宣戦を布告して、
この機会を利用して、 以前ドイツに占領されていた、フランス領を
取り戻そうと考えていたようです。
つまり、 ドイツは 東のロシアと戦うために、兵力を2分割しないと
いけないわけで、 後からフランスが戦争をする場合、半分の兵力
と戦えばよいわけで、勝算があると考えていたようです。
ドイツ側は、 フランスと戦争をするために、中立国であった、
ベルギー王国に対して、軍隊を領内通過を申し込んだようですが、
ベルギー側に拒否されて、 仕方なく、ベルギーに宣戦布告して、
ベルギーを武力侵攻していくのです。
ベルギーにドイツ軍が侵攻したと知ると、イギリスもフランスの
支援に乗り出し、 ヨーロッパでは全面戦争に突入したのですが、
これらの国々が、世界の至る所に植民地を所有していたので、
世界の至る所で、 植民地間で戦争が始まっていったのです。
19世紀の後半、イギリスのヴィクトリア女王の張り巡らせていた、
政略結婚による、ヨーロッパの婚姻関係による平和の秩序は、
1900年に、ヴィクトリア女王が亡くなると、 その14年後、 親戚の
ヨーロッパの王家どうしのメンツの問題で、戦争となり、 戦争当事国と
軍事同盟を結んでいた、 周辺国が この戦争に自動的に条約を
遵守して戦争に突入していったのです。
当時、 スイスは、中立を表明し、欧州大戦には参加せず、アルプス
を挟んで、 南側のイタリー王国【戦後のイタリア】も、ドイツや
のらりくらりと、参戦を引き延ばし、様子見を決め込んでいたのです。
このような顛末で 1914年 バイエルン王国の首都 ミュウヘンと
いう都市で暮らしていた、アドルフ ヒットラーも 前線に出発する
兵士の隊列を見て、 自分がどうすべきか、 どうあるべきかを
考えるようになっていった様です。
ヒットラーの住んでいた アパートの周囲の人達も、次々徴兵で
軍隊に入隊し、 学校の教育を受けていた生徒も、次々、新聞
などの報道機関の宣伝に踊らされて、軍隊に志願していったの
です。
みんな、戦争など知らない若い生徒や、青年だったのですが、
どこかに探検に行くというか、 好奇心で行くと言うか、 そう言う感じ
だったそうです。
当時、 だれもが戦争は短期で終わると考えていたようです。
戦争を煽動する 戦意高揚の新聞記事を読んだ、まだ考えの
しっかりしていない少年や 考えの浅い青年が軍隊に志願していき、
その多くが戦死していったのです。
【 明日に続く。 】