第1396回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第1395話 やぶをつついてーーの事。 2015年12月29日火曜日の投稿です。





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     ヒットラーという人は、満足に小学校も行っていない学の無い人でしたが、

    驚いたことに、54人のドイツ労働者党に、平党員で入党して、 自分で

    説法して歩いて、 1920年1月初頭、 つまり、入党してから4ヶ月程度

    で200名近い党員を、勧誘して、ドイツ労働者党に入党させたのです。

    アイトン ドレクスラー党首たちは、50名程度、 ヒットラーはその4倍の

    勢力となったのですが、 党の財布や、要職は ドレクスラー達が押さえ

    ていたのです。



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        【 国防大臣に抗議する ヴァルター フォン リュトビック将軍】



       そんな当時、 1920年 大正9年3月11日  ベルリンでは、現職の

       軍人を解雇するのに反対する陸軍の将軍の1人の ヴァルター フォン

       リュトヴィク陸軍少将がドイツ国防省に出むいて、 インフレと経済恐慌

       のまっただなかに、命をかけて国に尽くしていた兵士を、放り出すのは

       いかがな物かと当時の国防大臣の グスタフ ノスケ 大臣に意見具申

       をしたのですが、話を聞くどころか、事もあろうに、政府の決定と一蹴して、

       リュトヴィック少将を解任すると言い放ったそうです。



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       この話を聞いた、末端の兵士や、義勇兵の集まりは、ガソリンに火を

       点火したように燃え上がっていったのです。 

       翌日の深夜、 ドイツ海軍の水兵を主軸とする義勇兵部隊、その他の

       陸軍将兵、 民兵組織が続々と ベルリンに向かって進撃を開始した

       のです。


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        ワイマール共和國は、成立から1年程度で、 首都ベルリンで、

        軍隊が反乱を起こし、 大統領などの文民を武力強襲する事態に

        発展していったのです。


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        1920年 3月13日早朝、 約12000人の部隊がベルリンを強襲

        し、 当時のワイマール共和國のエーベルト大統領達は、着の身 着

        のままで、自宅を飛び出して、ベルリンを脱出していったのです。




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 ワイマール共和國の首都、ベルリンは、 ヴァルター フォン リュトビック少将

 以下、 反 エーベルト派に占拠されてしまったのです。


    【 明日に続く。】