第199回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第198話  その日の夕食                          2012年8月27日 月曜日の投稿です。
 
 広島第1中学に行った日の夕方は、2階で勉強していたのであるが、なにやら良い醤油のにおいがしてきたので
 
あった。
 
 隣の家か、と、窓を開けてみたのであるが、よくわからない、どうも我が家のようであった。
 
1階に降りて、台所に行くと、おばさんが炊事をしていたのであった。
 
 「實君、今日は知り合いが、宇品の港で、メバルを釣ってきていただいたのよ、おばちゃんが、煮付けにしてあげる
 
けえ、楽しみにしとりーねー。」と、言う、美味しそうなにおいとは、ここの台所のにおいであった。
 
 
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                          【当時の軍港 広島市の宇品港】
 
  広島市の宇品港は、軍港で、戦地に行く貨物船とかが頻繁に、出入港していたところで、釣りなども、規制が
 
 
厳しかったのであるが、4月の後半から、5月にかけては、メバルという魚の季節だそうで、人に聞いたところでは、
 
体長7センチ程度から、15センチ程度の物が良く釣れるらしい。
 
 
   
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 源田實は、広島市から2時間程度の中国山地の山間部の加計町の出身で、魚などは、当時なかなか口に
 
入らなかったのであるが、ここ広島に下宿してからは、時々魚を食べて、良い思いをしていたのであった。
 
「おばちゃん、この魚、どうしてメバルいうんねー。」と、問うと、「うちもようわからんけど、目が大きいけえじゃ
 
ないんね。」と、返答があったのであるが、実に良いにおいであった。
 
 そのまま2階へ上がって、勉強していたら、夕食の時間になった。
 
 
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               豆腐にまめにショウガを少々入れて、炊き込んだ魚は、美味であった。
 
           この魚、頭のほほの部分を、食べると、良くしまっていて、美味しい。
 
           豆腐も、魚の汁がしみこんでいて、美味しい、1番の好きな食べ方は、ご飯の上に、魚の身を
 
           のせて、魚の汁を上からかけて、汁かけご飯にすると、なんとも美味しくて、「おばちゃん、
 
           お変わりと、ごはんのお変わりを頼んだのであった。
 
           「實君、今日は中学校どうじゃったんねー。」と聞かれたので、「呉からねー平本さんという、
 
           海軍の先輩がねー 、口頭試験の説明に来てくれたんよ、ぶち、かっこええ、制服姿でねー、
 
           腰に短剣をぶら下げとって、僕も、はようそうなりたいおもうたんよ。」と楽しい会話をしたのであった。
 
 
           【次回に続く。】