第509回 昭和の伝道師【戦中戦後のパイロットの物語】

第508話  海軍兵学校、早朝7時の出来事。    2013年7月14日 日曜日の投稿です。
 
 
私達は、整列すると、分隊事に、食堂に移動したのであった。
 
 
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                         【昭和初期の海軍兵学校 古写真。】
 
 
     海軍兵学校では、朝の0700時より、朝食と決まっていて、物事、開始時間の10分前には、
 
     その場所に移動し、整列すると言うことが、決められていたのである。
 
     昨日の夕方の17時前後に、夕食を食べて、それ以後、何も食べておらず、娑婆から、
 
     兵学校に入学して、なれるまで、随分とかかったのであった。
 
 
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         食事を内容は別にして、 蚕食いただけると言うことは当時は、大変ありがたいことで、
 
         大正10年前後の日本の地方は、 随分と荒廃して、 人身売買なども、行われ、
 
         当時の日本は、経済恐慌で、大変貧しく、この年の暮れには、戦時国債の発行のやり
 
         過ぎで債務超過に陥るのであるが、それは、又の機会にご紹介する。
 
         あっという間に、私達は、朝ご飯を食べてしまい。
 
 
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          【昭和初期の海軍兵学校 食堂の様子。 食器の様子から、昼食の様子と思われる。】
     
 
 
         0800時から、 一般授業だそうで、 0750時には、指定の教室に入らなければならない、
 
         分隊は、0730時に、食堂を切り上げて、 分隊の寝室に1度戻ったのであった。
 
 
          第13分隊の寝室に戻ると、江田島台風である。  寝台は、整理整頓してあったのが、
 
          みんな、床に放り投げられ、 小物入れの中も、御丁寧に、ぶちまけてあったのであった。
 
 
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           私達は、「 急ぐんや。」と、声を掛けあい、急いで寝台をなおしたのであった。
 
           早くしないと、8時はすぐである。
 
           すると、またまた、授業開始の予告のラッパが、兵学校に、鳴り響いたのであった。
 
 
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            「 おい、あかん、 みんな授業やで。」 と、言いながら、指定の教室に
 
           急いだのであった。
 
 
【次回に続く。】