第580回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】
以前、タンク【戦車】や、潜水艦、毒ガス、飛行機など、 当時は、欧州大戦【第1次世界大戦】と、
で、どんどん高額な金額で兵器の輸入をしていった。と、言うお話は以前紹介させていただきました。
そして、日本海軍は、イギリスから、主に兵器を輸入し、軍隊の組織もイギリス式でした。
陸軍はどうかというと、欧州大戦で、ドイツなどを降伏させて、当時戦勝国だった、フランス陸軍
を手本としまして、 兵器をフランスから主に輸入していました。
機関銃なども、フランス式を輸入し、これが第2次世界大戦、大東亜戦争まで続いていきます。
つまり、陸軍の機関銃の原点は、フランスの機関銃を模倣して始まりました。
陸軍の飛行機なども、フランス式で、海軍の操作レバーなどとは、随分と違っていて、
のちに、部品交換も出来ない、弾薬の共通性もない、 大東亜戦争の敗戦の原因のひとつ
となっていきます。
つまり、「 陸軍が、陸軍が、 海軍が、海軍が。」と、 こう言う組織のあり方が、問題であった
のです。
陸軍でも、大正10年ころは、イギリスのビッガース社などと、取引していたようですが、
上の画像の、ホイペット戦車が、火災事故を起こし、イギリス人技師が、焼死すると
いう事件以後、 イギリスの物件から、手を引いたようです。
この事故を教訓に、 ガソリンを使用せず、陸軍では、発火しにくいディーゼルエンジン
油に分けて。補給することになり、 何事も、陸軍と海軍とで、共通性がなかったのです。
日本のタンク【戦車】の原点は、フランスのルノー戦車が、原点で、 これを分解研究して、
コピーして、改良して、進化していったわけです。
一緒に机を並べて、仕事を一時期していた、陸軍の瀬島中佐【後の伊藤忠商事 会長】に、お伺い
した話では、「 イギリスの兵器より、フランスの兵器は、小型で、日本人に扱いやすかった。」
こう言うお話を聞いたことがあります。
この戦車の後の車体などは、95式軽戦車と造りがよく似ています。
このような感じで、私が海軍兵学校に在籍していたころは、どんどん、兵器を輸入して、
バラバラに分解して、模倣する、そういう時期だったのです。