第633回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第632話   大正9年の雪解けの事、       2013年11月15日 金曜日の投稿です。
 
 
 
 
 
 
 
   私が、海軍兵学校に、入学する1年前の大正9年の6月、 シベリアは、雪がやっと溶けて、
 
春になったのですが、 一斉に、戦闘が各地で始まったのでした。
 
 
 
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       みなさん、上の画像を見ていただくと、おわかりいただけると思いますが、 ユキが
 
     降って、 凍結して、 ユキが積もり、また凍結して、 を繰り返しまして、 氷が溶けますと、
 
     大量の水分が、地面にしみこみまして、泥沼のようになるのです。
 
     馬車は、車輪を取られ、 兵士の足は、 泥田のようなところに、足を入れるというような
 
     感じでして。  このようになった場合、補給が出来なくなるわけです。
 
 
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         鉄道などは、ゲリラからの襲撃を防御するため、 装甲列車を連結して、 補給
 
        物資を鉄道で運搬し、 水、食料、武器、弾薬を補給していくのですが、 各師団へ
 
        の補給は、難航したのです。
 
         それは、作戦区域が、日本の国土の三倍もあり、 多くが森林地帯で、
 
         進めば進むほど、 奥地に入っていき、 川はあるは、 橋を架けても、
 
        
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               数日後に、ゲリラに破壊されるはで、 補給が困難になるのでした。
 
 
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         当事は、ガソリントラックというのは、数がまだ少なく、 ほとんどが、馬車であった
 
         のです。
 
         すると、馬は、そのあたりの水でも良いのですが、馬のエサも必要になってくる
 
         わけでして、 ウラジオストックから、荷揚げして、前線まで運搬と言う作業は、
 
         難航したのです。
 
         結局、大谷大将や、 参謀長の由比中将がとった方法というのは、鉄道沿いを、
 
         パトロールして、 住民の村落を巡検して、 ゲリラをあぶり出すという、そういう
 
         作戦で、鉄道の周辺は、治安が保たれていたのですが、 すこし進んで、内陸に入り
 
         ますと、 極東共和国 こと、 テーヴェーエール共和國の勢力圏で、
 
 
 
 
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          広い大地の、 鉄道駅と、都市と、線路を確保しているにすぎなかったのでした。
 
 
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          共産党の赤軍兵士が、出てきて、ゲリラ攻撃をしてきて、応戦して、追跡していき
 
         山中に入り込み、 側面、後方から、襲撃され、 さらに、追撃していきますと、
 
          どんどん奥地に入り込み、 富士の樹海ではありませんが、 どんどん、森林地帯
 
          があるのみで、いくら追跡しても、本拠地まで到達せずに、見失ってしまうのでした。
 
 
 
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        そんな中、 シベリア共和国のオムスクに、武器を運んだ、高柳少将の特務機関は、
 
        1ヶ月後、 ソビエト共産党との戦闘に備えて、いくらでも、武器がほしい、 コルチャーク
 
 
 
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        提督に、良い値段で買い上げていただいたそうですが、 極東では、日本軍と、
 
 
 
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        ティーヴエーエール共和國との、戦闘が始まり、 モスクワとオムスクの間でも、
 
         ソビエト共産党と、シベリア共和国との戦争が始まったのでした。
 
 
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           スターリンの提案によって、共産党の宣伝活動が、 功を奏して、 農民達や、
 
         貧困層の人民が、ソビエト共産党の軍隊を、支援していたため、 シベリア共和国
 
         の軍隊は、後方を攪乱され、 首都、オムスクに向けて、じりじりと退却していくのです。
 
 
 
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          そして、様子を見ていた、他の武装集団も、 勝ち馬に乗ろうとして、共産党の
 
          赤軍に合流して、 シベリア共和国の軍隊を圧迫し始めたのでした。
 
          そして、 どんどんと、後方で、シベリア共和国は、 反乱が相次ぎ、敗色が、
 
          こくなって行ったのでした。
 
 
 
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            シベリア共和国の大統領、コルチャーク提督は、 部隊をまわって、叱咤
 
           激励してまわったのですが、 部隊の下級の兵隊が、 ソビエトの共産党の、
 
           宣伝工作に染まってしまい、 反乱を起こす部隊も出てきて、 混乱を極めたの
 
           でした。
 
 
 
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           日本陸軍は、騎兵部隊を先頭に、 シベリア鉄道沿いに、展開していくの
 
           ですが、 いけどもいけども、 泥沼のような大地と、森林と、 村はあっても、
 
           村人は、日本軍の殺戮をおそれて、 逃亡してしまい、無人の村が多く、
 
 
 
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              まさに、広い海に、石を投げ込むような、そんな戦場であったようです。
 
 
 
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          モスクワのスターリンは、自分が提案した、共産党の工作員による、宣伝活動が、
 
 
         効果を上げているという報告に、 機嫌を良くし、 さらに、共産党の宣伝活動を、
 
         遠隔地まで、強化していくのでした。
 
 
 
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         実際は、密告と、略奪と、処刑の恐怖政治の共産党ですが、 工作員達の、
 
         税金の撤廃、 貴族、地主、教会、神父、ユダヤ人の追放をスローガンにして、
 
         「 みんな、等しく労働して、 等しく富を分かち合える。」 こんな宣伝文句に、
 
         当事の農民や、労働者は、おどらされ、 だまされて、 モスクワのソビエト共産党の
 
         赤軍に、協力するようになるのでした。
 
 
 
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           このような事情から、トロイカ体制のスターリンは、徐々に、共産党内で、
 
           頭角を現していくのですが、 ここが、スターリンの賢明なところで、 けっして、
 
           トロッキーなどの、実力者と、反目することは、避けたのでした。
 
  
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            むしろ、彼らに十二分に協力して、取り入り、 自分の配下を増やしていき、
 
          彼らは、スターリンを利用していたのですが、 気がついたら、立場が逆転していた
 
          というくらい、 スターリンは、警戒されないように、 周囲に気配りし、 疑われない
 
          ようにしていたようです。
 
 
 
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        当事、 スターリンが気配りしていた人は、 数年後、スターリンによって逮捕され、
 
        処刑されていくことになります。  
 
        それらのことは、順を追って、紹介して行こうと思います。
 
 
 
 
【次回に続く。】