第704回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第703話 海軍兵学校 高松宮殿下の愛犬の事。   2014年1月25日土曜日の投稿です。
 
 
 
 
 
 
 
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  私達、海軍兵学校の生徒が、高松宮殿下の食事をしているところ、寝ているところを見た
 
ことが無いと言うお話を紹介しましたが、海軍兵学校の東側に、通称 高松宮御殿と、呼ばれる
 
建物が当時あったのです。
 
 
 
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この建物は、私達が入学する、2年前の大正8年に完成し、 大正9年に、当時、学習院に通われて
 
いた高松宮殿下は、 学習院を大正9年3月末に、中退され、 同年 5月に、海軍兵学校
 
入学されたのです。
 
つまり、私達が入学するより、1年早く、海軍兵学校に入学されていたのです。
 
私が、明治35年生まれですが、高松宮殿下は、明治38年生まれで、 私より三学年
 
年下。 つまり16才で、東京から江田島予科入学され、17才で、第52期の翌年の
 
クラスに編入されたようです。 当時私は19才、 高松宮殿下は、17才、戦後の現在に
 
直しますと、高校2年生と言うことになります。
 
 
 
 
 
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 入学といっても、 予科 という、 まあーー、ならし運転といいますか、予行入学といいますか、
 
入学されまして、 前年完成した、特別官舎に宿泊され、平日は、特別官舎で、 休日は、呉の
 
皇室専用の御用邸で、お過ごしになっていたようです。
 
 
 
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高松宮殿下は、東京にいる時から、【かっけ】という、病気になっていたらしく、足が腫れて痛んで、
 
どうしようもなく、随分ひどかったようで、 村地 長孝 侍従医が、江田島に同行されていたようです。
 
そして、その下に、西村 文雄二等軍医がおそばで、お世話をしていたようです。
 
 
 
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高松宮殿下は、 射撃がお好きで、足が痛い時でも、足をひこずって、 楽しそうに小銃を撃っていた
 
そうで、海軍兵学校附きの医務官 小林 堯太郎【たかたろう】 海軍大尉の世話で、島内に雁に
 
行くのを、随分と楽しみにしていたようでした。
 
通称、 高松宮殿下御殿の庭先には、 メス犬が飼われていまして、 高松宮殿下が、かわいがられ
 
ていたようです。
 
  名前は、【 ドワー】という、名前で、随分、海軍兵学校では、高松宮殿下のご寵愛のお犬様と
 
言う事で、「 姫、 姫。」 と呼ばれて、大切にされていたようですが、 この雌犬の御姫様が、
 
野犬に集団で、襲われて、大けがをするという、事件が発生するのでした。
 
 
 
【次回に続く。】