第727回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第726話 海軍兵学校 宮島弥山【みせん】よりの風景の事。  2014年2月17日月曜日の投稿です。
 
 
 
 
 
 
 
    私達一行は、「 ふーふーー、はーはー。」荒い息で、宮島の弥山の登山道を沢沿いに上って
 
  行ったのでした。
 
 
 
 
    
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        1番後の、1号生徒の分隊伍長と、伍長補殿が、しんがりで、「 急げー、 後から
 
      14分隊が、せまつておるゾーーー。」と、 大声で叫ぶ物ですから、 その前の1号生徒も、
 
      2号生徒も、「 わっしょい、わっしょい。」と、 速いペースで、後から圧力をかけるわけです。
 
      私達3号生徒も、 「こりゃいかん。」と、走るわけですが、 ふいに、後を向くと、
 
 
 
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      14分隊なんぞ、みえやしない、  えーーかげんなもんやと、思っていると、 後から
 
      「 しっかり、前を見て、走らんかい。」と、どやされまして、 山道をすったすったと、
 
      走って、上がって行ったのでした。
 
 
 
 
     
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       戦後の弥山の登山道は、どうなっているのか知るよしもないのですが、大正時代の当時、
 
      上に行くにつれまして、石は出て来る、道は細くなる、獣道のようになっていきまして、
 
      走ると言うより、なんというか、 ずいぶんひどい道となり、五分前に出発した、前の12
 
      分隊の末尾が見えてきまして、 私達は、「 よっしゃ、追いこさにゃあかん。」と、 前に向
 
      かって、がんばったのです。
 
 
 
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       しばらく走ると、「 はぁ、はあ、はあ、あーーーー、もういけもはん。」と、先任の、福元義則
 
      生徒が遅れだし、 後の2号生徒から、「 早くいかんか、 貴様のせいで、帰りが泳ぎになった
 
      らどうするつもりか、バカもん。」と、 後からどつかれまして、私達は、なんとか、頂上の近くに
 
      たどり着いたのでした。
 
 
 
 
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       ふと、左を見ますと、よい秋晴れの景色が広がっていたのです。 私は、 マイペースで
 
     といっても随分と早く、前の12分隊の1号生徒の後を附いて、上に上がっていったのです。
 
     えっ、 どうして追い越さなかったのかと言いますと、 抜こうとしたとたん、上級生に、「なまい
 
     きなやつ。」と、言われて、足を絡ませられて、 押し倒されると思ったのです。
 
      1人で、前の分隊を抜いても、 分隊全員でのタイムですので、 1人だけ速く走っても、
 
      意味が無いのです。
 
 
 
 
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       上に上がっていきますと、転げて落ちそうな、大きな岩が、ゴロゴロありまして、
 
       そのむこうに、 監事附きの曹長達が、時計を持って、立っていたのでした。
 
       やっと、頂上なるところに、たどり着いたのでした。
 
 
 
【次回に続く。】