第828回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第827話  海軍兵学校 海軍特別陸戦隊の事。        2014年5月29日 木曜日の投稿です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      私達を乗せた、鉄道は、山陽本線 尾道停車場で、とまりまして、 扇 一登 生徒、
 
 
   
イメージ 1
   
 
 
                        【  当時の尾道駅 】
 
 
          黒田 吉郎生徒は、下車したのでした。 2人とも、 安田 義達 海軍中尉殿に
 
          きょうつけして、敬礼して、「 では、失礼いたします。」と、別れを告げ、下車して
 
          行ったのです。
 
 
 
イメージ 2
 
 
 
           2人とも、 三川村や、吉舎村に帰るには、3時間程度かかり、家に帰る頃は、
 
           とっぷり日が暮れているだろうと推測したのです。
 
 
  
イメージ 3
 
 
 
              【  当時の尾道付近、 山陽本線は、まだ、単線でありました。】
 
 
 
 
          私達を乗せた鉄道は、 汽笛を鳴らして、出発し、 一路、 東に向かったのです。
 
          戦艦 日向の砲塔観測員の 河野 栄男 水兵は、やっと、座れるようになり、
 
          「 やれやれ、 脚が痛くなった。」と、言うものですから、 安田 海軍中尉殿が
 
          「 河野 貴様、 海上の甲板で鍛えていたのではなかったのか。」と、 笑い顔を
 
          浮かべると、「 座っていたほうが、楽であります。」と、いうものですから、私達は、
 
          「 そりゃ、そうやがな。」と、 又々、大笑いして、 話が弾んでいったのです。
 
 
 
 
イメージ 4
 
 
 
       話題は、 シベリアの沿海州での、海軍陸戦隊の壊滅、玉砕、 日本人市民の
 
      虐殺事件について、語り合い、  もう少し、海軍陸戦隊に、強力な武装が必要だと、
 
      そのような、お話が安田 義達 海軍中尉殿からあったのです。
 
 
 
 
イメージ 5
 
 
 
         当時の海軍陸戦隊の装備は、ほとんどが、38式小銃で、火力が弱い部隊でした。
 
 
 
イメージ 6
 
 
 
           市街地などでも、 陣地を設営して、防備しても、野戦重砲などを装備した陸軍
 
           部隊と、正面衝突すると、 いくら精神力で機先を制して勝負するといっても
 
           損害が増えるだけであったのです。
 
 
 
イメージ 7
 
 
 
        平地での戦闘をしますと、 もろに火力の差が出るので、どうしても、市街地に立てこもり
 
        市街戦をするようになるわけです。
 
        近代的な、 上陸用舟艇、 支援戦車、 通信設備などを整備していかないといけないと
 
        そういうお話であったのです。
 
 
 
イメージ 8
 
               
 
 
               【  海軍が導入した、 イギリスのビッカッーズ社の装甲車 】
 
 
       海軍では、これらの意見具申から、 巡洋艦 利根の艦長の指揮下に、イギリスで
 
       購入した、 装甲車などを装備していくようになります。
 
 
 
イメージ 9
 
 
 
          沿海州の尼港事件では、 通信設備の配備の遅れから、 陸戦隊が全滅し、
 
          多くの日本人が、 裸にされて、 朝鮮人共産党勢力に斧で頭をたたき割られる、
 
          事件が発生したのですが、  電報、 発信器、受信機なども、整備されていった
 
          ようです。
 
 
 
 
イメージ 10
 
 
 
         ニコラエフスク 、ラ、アッムッーレの町で、 無念の死を迎えた、石田副領事一家の
 
        悲劇を無駄にすることなく、 この後、 少しずつですが、 火力、 通信、兵力と
 
        整備が続けられていったのです。
 
        40分程度で、 備後福山停車場に到着して、 安田 海軍中尉殿と 河野水兵は、
 
        客車から降りられ、 自宅に向かわれたのですが、 又後日紹介しますが、        
 
 
イメージ 11
 
 
           
           河野 栄男 水兵は、 この時、 安田 義達 海軍中尉殿のお話に感銘を
 
           受けたようで、  あれは、いつであったか、 私が、海軍大尉の時であった
 
           のですが、 くろがねのサイドカーに乗った、海軍特務少尉の階級章をつけた、
 
           どこかで、見たことのある男と、 ふと、考えていると、 河野水兵でありました。
 
 
 
イメージ 12
 
 
 
           彼は、 戦艦を下りて、海軍陸戦隊に志願して、転勤し、 軍功を重ねて、
 
           海軍陸戦隊、司令部附きの特務少尉で、  大切な、軍旗を持つ、
 
           司令部附きの将校になっていたのです。
 
 
 
 
イメージ 13
 
 
 
            そして、 南方の最前線のアンボンという場所で、敗戦を向かえ、 部隊長は
 
           私の一クラス上の、海軍大佐だったのですが、 一緒に戦犯刑務所にぶち込まれ、
 
           ほとんどの将校が、 絞首刑になる中、 昭和23年、 彼だけ水筒ひとつ持って
 
           生きて帰ってくるのですが、  また、 順序をおって、お話ししていきたいと思います。
 
 
 
【次回に続く。】