第921回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第920話 海軍兵学校、 エドワード皇太子殿下の質問の事。  2014年8月30日土曜日の投稿です。
 
 
 
 
 
 
 
     
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   大正11年5月8日の月曜日、私達の海軍兵学校を、親善訪問されたイギリス王室のエドワード
 
  皇太子殿下一行は、 お昼の食事会が終わると、 兵学校の南側にある練兵場で、観閲行進
 
  を閲兵され、 立て続けに、 兵学校が用意した、 角力、 砲術訓練、 剣道の演武などを
 
  ご覧になったのです。
 
 
 
  
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       1号生徒の観閲行進は、 イギリスの王宮でも、兵士の行進をいつも見ていたせいか、
 
       少しインパクトが少なかったようですが、 角力、剣道、砲術の競技は、熱心に、
 
       見て歩かれ、 興味を持たれたようでした。
 
 
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       海軍兵学校は、イギリスの士官学校をモデルとし、 日本独自の改良を重ね、
 
       当時、築地時代を入れると、開校50年の節目に当たる そういう時期でありました。
 
 
 
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          イギリスの物まねから始めて、 50年、 我国独特の海軍士官養成学校に
 
          発展していたのです。
 
 
 
 
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          そのような、歴史をエドワード皇太子殿下に紹介するため、 兵学校の資料館に
 
          校長の千坂 智次郎 海軍中将がご案内し、当時の江田島の物産や、資料を
 
          ご案内し,説明申し上げたのです。
 
 
 
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        エドワード皇太子殿下一行は、 東郷元帥の展示品コーナーや、 特に興味を
 
       もって、色々説明を求められたのが、 日本海海戦の資料コーナーでして、 「 これは
 
 
 
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       どのような物か。」とか、「 当時は、どうであったのか。」 質問を連発されたそうです。
 
       難題であったのが、 掛け軸の漢文を、 英訳して、意味を伝えようとしたところ、
 
       なかなか上手に伝わらず、 同行していた、海軍兵学校の教官のリー先生が、
 
       通訳すると、 興味をもって、 掛け軸を眺められていたようです。
 
 
 
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            特に、旅順港閉塞作戦の資料とか、 ロシア艦隊との砲撃戦の資料とかは、
 
            予定をオーバーして、 ずいぶん長いお話になったようで、 大挙押し寄せた
 
            バルチック艦隊との、砲撃戦のお話、 その夜の水雷戦の夜戦のお話には
 
            千坂 智次郎 海軍中将が、 軍談義を披露すると、 楽しそうに聞かれてい
 
            たそうです。
 
 
 
 
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            どうも、エドワード皇太子殿下は、私と一緒で、 戦争体験談を聞くのが好きだ
 
            ったようで、 自分もネルソン提督のように、活躍したかったようでした。
 
  
 
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        兵学校の生徒は、 海軍兵学校の正門から、ずらりと並び、 整列し、不動の姿勢で
 
        イギリス王室一行を、お見送りして、 初めで、最後となる、 親善訪問された、
 
        エドワード皇太子殿下江田島上陸は、事故無く、無事終了したのでした。
 
 
 
 
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          なにか、粗相があったら大変な事になると、 校長先生、教頭先生も、 気を
 
         もまれたようですが、 何事もなく無事親善訪問が完了して、この日の夕方は
 
         日がくれていったのです。
 
 
 
【次回に続く。】