第979回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】
「 だれかっーーーー、こんな結び方をした者は。」と、 怒鳴り声がしまして、 振り向くと
監事附の曹長殿が、「 全員集合。」と、号令をかけたのです。
私達は、整列して、 口々に番号を叫んで、点呼を行い、「 淵田 美津雄以下、8名、
整列いたしました。」と、 申告すると、「 こんな、ロープの結び方を、だれが教えた。」と、
ずいぶん大きな声で、指導を受けたのです。
海軍の天幕は、6本または、9本の支柱で天幕を立てらし、周囲に杭をかけや
【木製の大型のハンマー】 で、打ち込んで、ロープで固定する仕組みでありました。
以前紹介しましたが、 私達が海軍兵学校に入学して、初めに実習したのが、
ロープの扱い方と、 結び方でありました。
ロープの結びが悪いと、 艦艇の上では,死に至るケースもあり、 ずいぶん
やかましく指導されたのですが、 だれかが、 通称、くそ結びという、やり方で、
杭に結んでいたのが、監事附殿に、見つかったようでした。
みなさん、 上手に結んで、ロープで引っ張り、テントを固定しないと、
寝ていて、屋根から倒れて、下敷きになってしまいます。
マットを、 天幕内に広げまして、 「 どゃ、 ねごこちは、 どうかいな。」と、
同じ分隊の生徒と、 楽しく寝っ転がったのを記憶しています。
渥美生徒であったか、「淵やん、 ずいぶん暑いなーー、天幕の中。」と、
言うものですから、 暑いはずです 宮島の包ヶ浦の砂浜は、焼け付くように
暑くなっていたのです。
その暑い7月の終わりの砂浜で、 汗だくになって、 偶数番号の生徒は
昼の糧食の補給の準備をしていたのです。
私達は、当時食べ盛りで、「 はよう、できんかいな。」と、 楽しみにしていたのです。
【次回に続く。】