第982回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第981話 海軍兵学校 宮島 包ヶ浦の地引網のこと   2014年10月30日 木曜日の投稿です。
 
 
 
 
 
 
 
    大正11年7月29日の土曜日の午後、 私達は、監事殿の食料調達の方法について、
 
   焼け付く、夏の砂浜で、 じっと、辛抱しまして、 お話を聞いていたのです。
 
 
 
 
 
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    古田中 監事殿は、「 全員注目、 よいか、 もし、艦がなにがしかの理由で沈没し、無人
 
   に漂着した場合、 食料の調達としては、 山中、 海中 つまり、 この2カ所から、食料を
 
   調達することとなるのであるが、 肝心なのは、 真水の調達である、 そこで、これより、
 
   偶数番号の生徒には、 内陸に転進し、 宮島の山中から、真水を調達してもらう。
 
   陸地の動植物というのは、 イノシシにしても、ウサギにしても、捕獲が難しく、 又、
 
   数量も限られ、 多くの人の食事をまかなうには、 すこし量が不足する。
 
 
 
 
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   そこで、本日は、 この海岸で、 貴様達に、 地引網漁をして、夕食の魚を捕獲してもらう
 
    予定であるが、 魚が捕れなかった場合、 夕食は無しとなるので、 そのつもりで頑張る
 
   ように、 それでは、 奇数の生徒は、 右側に整列、点呼、 偶数の生徒は、三宅監事の
 
    いる、左側に整列、 内陸に転進し、 真水の確保をしてくるように、以上終わり。」
 
   と、 こんなお話があった後、 監事附の曹長の指導で、 宮島の 包ヶ浦の砂浜で、
 
   私達、 偶数番号の生徒は、 地引網という、 生まれて初めての、漁をすることになったのです。
 
 
 
   
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     ボートで、少し沖合に、網を入れていき、 砂浜で、みんなで引いて行くのです。
 
     山国育ちの私は、初めての経験でしたが、 興味をもって、 作業いたしました。
 
     なかなか楽しい、作業で、 当時、網の中に入っていたのは、 宮島の方の呼び名で
 
     キス という魚と、 ずるごち という魚が入っていたのです。
 
 
 
 
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          キスという魚は、 宮島あたりの砂地にいる魚で、 潜って追いかけたことが
 
          あるのですが、 とてもとても、人間が追いつけぬほど、早く泳ぐ魚です。
 
 
 
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              ずるこち という魚は、 表面がずるずるしていることから、名前があるそうで
 
             砂地の砂の上に、ひらひら沈んでとまっているのですが、 つかまえようとすると
 
             こちらも、素早く泳いでいなくなってしまう、 そんな魚でした。
 
             網を、監事附の、「 ぴっ、ぴっ、ぴっーーーーー。」と、いう、笛の音に合わせて
 
             引いて行くと、関西の方で言う、「 なんや、へんなもんが、はいっとるがな。」
 
             と、 近づきますと、 それは、イカであったのです。
 
 
 
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           私は、当時生まれて初めて、イカという 生き物を手で触ったのでした。
 
           それは、 私が故郷、畝傍中学で、 たこ と、あだ名されていたのですが、
 
            それの親戚のような姿をした、 変な生き物でありました。
 
           古田中監事殿は、 見るなり、嬉しそうな顔をされまして、「 うーーーん,うまそう
 
           なのが、上がったな、 おい、曹長、 砂浜に、いけすを設営して、 イカを逃げ
 
           ないよう、 夕方まで、いかしておけ。」と、指示を出しまして、 私達は
 
           興味深く、 ヒラヒラ動く姿を、見物することになったのでした。
 
 
          【次回に続く。】