第6回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】
第5話 修学旅行に行くの事。 2012年2月7日 火曜日の投稿です。
上牧尋常小学校の高学年で、大阪などに修遊学旅行に行くことになったので
すが、家庭の事情で、金銭的なことで行けない生徒もおり、そんな中、親が旅費を
出してくれて、修遊学旅行に行けて、ありがたかったのです。
近所の堀内とかいう友人は、金銭的な家庭の事情で、親がだめだというので、行け
ないそうで、かわいそうだと思ったのが、記憶に残っています。
寺などを生まれて初めて見たのです。
奈良にもお寺は多いのですが、京都のお寺は、精錬された感じで、印象深かった。
【現在とは、少し違う造りで、薄汚れて、金色がくろく汚れていた。】
京都の五条あたりの書店で、【月刊乃木式】という、本を買ったのですが、この本は、
世の中の行いは、乃木将軍の様に、忠義を第1義として、行動すべし、という月刊誌
で、この日を境に愛読者となり、母に頼んで、毎月購読する様になり、乃木将軍の
心棒者になったのも、この頃だったのです。
そのまま、大阪に出て、色々と見学していたのですが、ここで、生まれて初めて
海を見たのです。
【当時の大阪港の様子】
池や、川は見たことがあるのですが、海は初めてで、大きな汽船が航行するのを
見て、「 すごいもんや なーあーー。」 と度肝をぬかれたのです。
早速、大阪の日本橋近くの本屋で、船に関する本を求めたのですが、そのときの
色々と土産も買えて、色々と見学でき、楽しい旅行であったのですが、近所の旅行
に行けなかった堀内君に、お土産を持っていき、買ってきた本を一緒に読んだの
です。
堀内のやつ、東郷元帥の本を読んで、「俺は、海軍の将軍になって、世界中を旅
して歩いて、大金持ちになってやるんや。」と私に言う物だから、自分も「俺は、陸軍
大将になるんや、おまえとは口がきけないような上の身分になってやる。」と、会話
していたのが、記憶にあります。
その後、しばらくして、奈良県立畝傍【うねび】中学校の入学試験があり、父親の
英才教育で教え込まれた学問で、なんなく入学試験を合格し、奈良県立畝傍中学校
に、大正4年4月6日に入学をしたのです。
13才の春であったこの頃から、母親が体調を崩して、病気がちになり、母親のシカは、
早く医者になって人のためになってほしいと、自分に語るようになっていったのです。
【次回につづく】