第141回 昭和の伝道師【戦中、戦後のパイロットの物語】

第140話 広島の憲兵隊                            2012年6月29日金曜日の投稿です。
 
 正月を過ぎて、しばらくして、当時珍しい、外国製の黒塗りの自動車が、舗装していない土の道路を土埃を
 
立てながら、走ってやってきた。
 
どこに行くのかと思いきや、源田家の家の前で止まった。
 
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妹や、弟たちは、初めて見る、ガソリン車に、「ほうーー、すげえなーー。」と見入っていたのであるが、車から、
 
運転手の兵士が乗ったまま、後と助手席から、怖そうな、憲兵隊と書いた白い腕章をした二人の陸軍の軍人
 
がおりてきた。
 
二人は、そのまま、源田家の玄関に直行し、応対に出た、母に尋ねた。
 
「我々は、広島の第5師団の憲兵隊である。戸籍主の春七はおるか。」と、訪ねてきて、母が、びっくりした顔で、
 
「主人は、畑に出ております。」と、返事をすると、「国の用事である、すぐ戻ってくるように、連絡しろ、われ
 
われは、忙しい、はやくしろ。」と、気の短い短気な口調で、怒鳴ったのであった。
 
母は、急いで、畑に父を呼びに行って、父も急いで自宅に帰ってきたのであった。
 
そんなことを知らない、妹たちは、「おじちゃんこの車、牛や、馬がおらんのに、どうして動くん。」と、運転手に
 
訪ねて、「うちの仏壇の扉のように、黒い色じゃわーー。」とさわろうとして、兵士に、「手形がつくので、見ては
 
よいが、さわったら行かんぞ。」と、注意されていたのであった。
 
「どうも、遅くなりまして、なにか御用でしょうか。」と、返事をすると、「おまえが、ここの家の戸籍主の春七か。」
 
と、問われたので、「そうですが。」と、返事をすると。
 
「あーー、山県郡加計町、画 大字 三千七百四十番地 源田春七に、間違いはないか。」と訪ねるので、
 
父が、「はい、間違いはありません。」と、言うと、「我々陸軍憲兵隊は、海軍省の依頼で、おまえの息子の實
 
の身上調査を命じられておる、これから必要事項を問うので、手短に、返事をするように。」
 
「まず、国への税金の滞納は無いか。」と、ギロリとしたヘビのような冷たい視線で、訪ねるので、「それはな
 
いです。」と父が答えたのであった。 
 
「次に、親族に、刑務所に行っておる者とか、犯罪歴のある者は、おるか。」と、聞くので、父が「そのような者は、
 
おらんですわ。」と答えたら、大きな声で、「正直に回答せんと、後で、警察の資料と照合があるので、違ってい
 
たら、貴様を逮捕せにゃーいかんぞ。」と、大きな声で怒鳴るので、「いえいえ、まちがいありません。」と父が
 
返事をすると、「次は、家族構成はどうなっておる。」と、こんな感じで、一方的な質問が続いたのであった。
 
当時の海軍は、昭和20年の終戦まで、士官たる兵学校入学者に、親族に逮捕歴、犯罪歴、税金滞納者、又、
 
伝染病の隔離者、政治的活動をしている共産党の者、宗教活動などの欠格要件に、該当する者は、いくら
 
学業優秀でも、試験も受けられなかったのであった。
 
憲兵隊は、自分たちの質問がすんだら、風のように車に戻り、そうして、今度は、車に乗って移動して、少し離
 
れた、数件向こうの家の前で止まって、ドアをがんがんたたいて、家の中に入っていった。
 
そうして、又出てきて、源田家の家の前を土煙を立てて、通り過ぎて行ったのであった。
 
当時は、海軍兵学校を受験するにも、大変な身辺調査が行われていたのであった。
 
【次回に続く。】